
 いい写真やビデオを残すポイントは「観察力」だと思う。 決められたバーンを、ただフルカーヴィングで滑って、カメラの近くを通り過ぎればいいというものではない。ライダー側から見れば、この雪質、この斜度で、どれくらいのスピードで、どれくらいの大きさのターンをすれば、この斜面で最大限のパフォーマンスを表現できるのかを感じ取り、それを実際に滑ってみせなければならない。 カメラマンは、このような条件で、ライダーのパフォーマンスが一番表れると思われる場所をイメージして、そこに陣取る。 さらに、ライダーはカメラマンが陣取った場所を確認して、カメラマンがどんな画を切り取ろうとしているのかを感じ取り、自分のライディングにそれをインプットしてからスタートを切る。いかにいいパフォーマンスを引き出せるかは、ライダーもカメラマンも共に、この「観察力」にかかっていると言っても過言ではないだろう。
 撮影がどういうものかをわかっているライダーは意外と少ない。シギーがカメラ側から見て、切り返しのわかりやすいドンピシャのアングルで、ヒールサイドからトゥサイドに切り返し、フロントサイドでカメラの前を滑り抜けていく。 シギーはどのように撮影が成り立っているのかを知っている、少ない部類のライダーだ。そんなシギーのライディングを、小林学やネビンが見つめている。言葉ではなく、こんな風に滑ってみろ、とでも言うように、どうやったらいい画が残せるのか背中で語る。 谷回りからビッチリ板が立つシギーのようなターンをしようと、学がスタートする。 それを見守っていた片山雅登が、学と一緒にTバーに乗って、アドバイスを送る。 そんな繰り返しが、いい画を残し、ライダーの経験値を上げていく。ただ滑っているだけでは得られないものが共有されていく。 こうして磨かれていく「観察力」は撮影のみならず、レースやテクニカルなど様々なシーンで応用できる。 もちろん、フリーライディングでも。
みなさんも、撮影しなくても仲間と一緒に滑ってみよう。何より楽しいし、刺激になることがたくさんあるはずだ。 ましてや、天気が良ければ気分はさらにいい。今日はそんな日だ。 スイス・シュクールでの撮影1日目は気持ちのいい快晴で、気温も春らしく暖かい。 気温はマイルドではあるが、雪の状態はいい。朝晩の気温差があり、朝イチのバーンはかなり硬い。 どれくらい硬いかというと、朝イチの1本目を滑り終えると、足の裏がかゆくなるような、痛かゆい感じがして、思わずブーツを脱ぎたくなるくらいといえば、わかってもらえるだろうか? しかし、それも1本目だけで、春の心地よい気温は雪を適度な硬さに変えていく。 それぞれが気持ちよくライディングするが、この日の撮影第一ラウンドは午前中まで。今日は夜にも撮影をする二部構成のため、午後は宿に戻って、少しゆっくりする。

小林学のコーチ、レネーの計らいで、シュクールからクルマで40分ほど離れたサムナウンというスキー場でナイターバーンを我々のために用意してくれるという。圧雪まで入れてもらい、撮影のためだけにコース沿いのTバーを動かしていただいた。 滑る直前に圧雪が入ったことと、昼間の暖かさもあり、雪の状態はザブザブでコンディションはいいとは言えなかったが、そんな時でもシギーは楽しむことを忘れない。
「サーフィンみたいでおもしろいネ」と言う。
難しい状況を、眉間にしわを寄せてムズカシイと思うのではなく、その中で楽しめることを探し、ポジティブに捕らえることは上達のヒントになると思う。 シギーに限らず、海外のライダーたちを見ていると、そのような難しい状況では「観察力」をフルに発揮して、状況の把握はいち早くおこなっているが、細かいことやネガティブな情報はあえて思考から外しているようにさえ見える。 だから、「難しい雪だからうまく滑れるかな」とか、「こんなコンディションじゃ気持ちよく滑れないんじゃないか」、などという考えを抱かないようにしているのではないか。簡単に言えば、気にしないようにしているのだと思う。 結果として、「雪はかなりザブザブしてるな」→「エッジがもぐり過ぎないように面でとらえる意識を強く持とう」→「うまくいくと、サーフィンとか、パウダーを滑っているみたいでおもしろいぞ!」、という流れができてくる。そこにはネガティブな要素が生まれてくる余地はない。そして、そんな思考は言葉で説明を受けるまでもなく、一緒にライディングしていれば片山や学にも伝染していく。 撮影は初日から質、量ともに濃いものとなった。

シュクールのゲレンデのことにも触れておかなければならない。春のこの時期は、町からゴンドラで上がった上部のゲレンデのみが営業している。 ゴンドラには10分以上は乗っていただろうから、冬は町まで滑れば、日本にはない規模のスキー場となる。まぁ、春に営業している上部だけでも、日本のスキー場よりは大きいかもしれない。斜度は中斜面程度のところが多く、気持ちよくカーヴィングできるバーンが多い。 ヨーロッパのゲレンデ全般に言えることだが、ここもコースに起伏の変化があって左右だけでなく、前後も上下も全ての動きが同時に必要とされる3D的なライディングを求められるので、撮影していてもおもしろい。 日本では、ヨーロッパのライダーは硬いバーンでトレーニングしているから上手いという声をよく耳にすることがあるが、その意見に個人的には賛同しない。 バーンが硬いのは、まだ降雪が十分ではない秋の氷河エリアのゲレンデコンディションだけで、それ以外の時期には北海道・旭川周辺のようなドライでいい雪質であることが多い。 雪の状態よりも、このような起伏に富んで距離の長い斜面(もちろん圧雪)で3D的ライディングを続けていれば、必要とされるカーヴィング要素は自然と体に染み付いていくのだろう。足はこんな風で、手の位置はこう、なんていう日本人的発想のライディングをしているヒマなどないのだ。斜面の状況を読み取り、どれくらいのスピードで、どのくらいの深さのターン弧を描くのか、という絶対的なカーヴィング要素に集中しなければ、斜面変化でエッジが抜けて、ハイ、サヨウナラ、となってしまう。
ここを滑りなれているはずの学も、まだ経験が浅い撮影となると、「うまく、きれいに滑らなければ」という意識が強すぎて、消極的で、“結果を求めている”ようなライディングになっているのを片山が見逃さなかった。「失敗してもいいから、もっと積極的に滑って、楽しめ」というアドバイスを聞いてから、学の滑りは格段によくなった。カタチや結果は気にせず、ありのままを感じて滑れば、気持ちいいライディングは必然的に生まれてくる。 撮影2日目も天気が良く、みんながそれぞれのライディングを見守りながら歓声を上げあういいセッションだった。
夜はレネーの家でラクレット・パーティーが開かれた。ラクレットはチーズフォンデュと並ぶスイスを代表する料理だ。 じゃがいもなどに溶かしたチーズをかけて楽しむ。 この日撮影した写真を見たり、スノーボードの話をしたりしながら、楽しい食事の時間は過ぎていく。 お酒も少し入って、お腹がいっぱいになったら、倒れこむようにベッドにもぐりこんで眠りにおちた。
僕らのヨーロッパ漫遊はまだまだ続く。
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