
 4月も半ばだというのに、2階建てのロープウェイは、ラッシュ時の東武東上線並みにすし詰め状態だ。 土曜日ということもあるかもしれないが、スイス・サムナウンスキー場は賑わっている。 4月でこれほど賑わっているスキー場に、日本でお目にかかることはないと言っていいだろう。日本に比べ、ヨーロッパのゲレンデは規模が大きかったり、氷河があるところはシーズンが長かったり、スキー以来のウィンタースポーツの歴史が長いという側面もあるだろう。また、日本ほど娯楽の多様性がないこともあるかもしれない。 そんな様々な環境の違いはあるにしても、ヨーロッパですらシーズンが終わろうかというこの時期に、日本の真冬並みに滑っている人がいるのはスバラシイ。こういう状況に日本も近づけたらな、などと考えつつ満員のロープウェイをやり過ごす。
春に滑りに行って楽しいことって何があるだろう。 何より当たり前だが、冬に比べれば寒くない。いい天気で暖かく開放的な気分でライディングを楽しめる。暖かいと外で景色を楽しみながらランチを楽しんだり、仲間とおしゃべりしたりして過ごすこともできる。
片山雅登曰く、「春だと一日でいろんな雪質を楽しめますよね。朝イチは硬くて、それから程良い状態になって、午後はシャバシャバ。一日で3度おいしいっていうのはいい練習になって楽しいですね」。 滑りのことで言えば、シーズンを振り返って、技術的なテーマをもってじっくり練習できるということもあるだろう。
シギーはシーズン中、レースを転戦し、板のテストを繰り返すという忙しい日々が続く。春になればレースも終わり、板の開発も一段落しているので、リラックスして純粋にライディングを楽しむことができるので好きな時期だという。 連日の晴天続きで、みっちり滑り込んでいるために体は疲れているが、みんなで今日も春のライディングを楽しもうという気分で満ち溢れている。
サムナウンはオーストリア国境に接しており、滑り続けていけば、オーストリア側にあるイシュガルというスキー場に続く。 ゲレンデにある国境にパスポートコントロールはなく、小さな看板が立っているだけで、言われなければ気づかない。 パスポートを誰かに見せる必要もない。そしてゲレンデは知らない間に、イシュガルという名前に変わっていた。トレーニングに何度か訪れたことのある小林学も、イシュガルまで来たことはなかったようで、「デケぇ〜」を連発する。
土曜日の混雑で撮影は思うような成果を出せない状況ではあったが、こればかりは仕方ないのでイシュガル側まで滑り、ランチを食べてスイスに戻ろうということになった。 周りの景色と、仲間との会話を楽しみながら食事を楽しむ。 それにしても雪山ってなんであんなにも美しく、見ていて飽きないのだろう。例えば、富士山も雪が積もっている時の方が、断然きれいでかっこよく見えますよね。アルプスの山並みも、白い雪と青い空というコントラストが山のラインをくっきりさせて美しい。 雪ってすごいなぁ、などと思いながらランチを楽しんだ後に、サムナウンに戻る。 イシュガルもサムナウンも、それほど急な斜面はなくて、気持ちよくカーヴィングできるような斜度が多い。但し、これだけゲレンデが広いと、東西南北全ての方角にコースがあるので、斜面の向きによって雪質が全く異なることに注意したい。真冬より、春の暖かい時期の方が雪質の違いはかなりハッキリする。前回お伝えしたような「観察力」を活かして、自分がどの方角に面した斜面を滑っているのかを把握して、雪の状態を予測しながら滑ることは言うまでもない。日本の場合だと、よほど寒いところか、豪雪地帯でなければ、南〜西に向かった斜面にゲレンデはないので、なかなか感じられていないライダーも少なくないと思う。それに対しヨーロッパのライダーは、日常的にこのような状況で滑っているので、無意識のうちに感じ取っていることが多い。 体感経験の少ない日本人は、なおさら「観察力」を磨くことが要求される。
ゲレンデの混雑と連日の晴天でビッチリ滑った疲れもあり、この日は早々に撮影を切り上げることにした。それと、早めに切り上げるもうひとつの理由がある。今日はこれからイタリアへ移動しなければならないのだ。ネビンとはここでお別れとなる。ネビンは日本に来たことがなく、「すごく日本で滑ってみたい」と言っていたので、今度の冬に日本での再会を誓い合って別れた。 ネビンやスイスと別れる名残惜しさと、新たな地を訪れる新鮮な気持ちが入り混じる感覚は、旅をしていることを実感させてくれた。 ここからシギーの先導で、イタリアのドロミテまで200kmほどを移動する。スイスからイタリアに入って、一度山を下り、東に向かってまた山に入るといった行程は、まだ陽が落ちないうちに終えることができた。 ヨーロッパのこの時期は夜の8時過ぎまで明るいから、午後はたっぷり時間があるように感じられる。 イタリア最初で最後のディナーは、ホテルでイタリアンを楽しむ。
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