
 ホテルの窓から見える湖には、雨が落ちていることがわかるほど無数の波紋ができている。それを見て、もう一度ベッドにもぐりこんだ。横になる時に、体のあちこちがギシギシと痛む。 昨日イタリアでかなりの距離を滑り、そこから数時間かけてオーストリア・フェルデンまで移動してきた。さらにさかのぼれば、ここ数日の好天で連日撮影をおこなってきたので、百戦錬磨のライダーたちもさすがに疲れがピークに達している。ここに来ての雨は、体を休めるのに丁度いいタイミングだといえる。 フェルデンは湖に面した小さな町だが、カジノがあったり、しゃれたカフェがあるなど、雰囲気のいいリゾートといった感じ。しかし、街を散策する気力もなく、この日はホテルでゆっくり過ごすことにした。 片山雅登はトイレに行くとき以外、部屋から姿を現さない。小林学はホテルにあるプールでのんびりし、日焼けマシーンで首にクッキリついた日焼けの痕を消すことに余念がない。 そんな思い思いの一日を過ごす。
翌日も微妙な天気。アルプス周辺ではスキーリゾートのライブカメラが次々に切り替わって、現在の天気の様子がわかるチャンネルがある。チャンネルを見ていると、北に行けば行くほど晴れ間がありそうだ。シギーから電話が入る。
「ミュールタール氷河に電話したら晴れ間が出ているようだから行こう。30分後に迎えに行くよ」。その2時間後に僕たちは氷河に上がる地下ケーブルカーに乗っていた。 今日のメンバーは、シギー、片山、学に加え、スロベニア代表バンクーバーオリンピックファイナリストのザンと、同じくファイナリストで小さいけれど滑りは大きなオーストリアのSGガール、イーナが来てくれた。 地下ケーブルカーからゴンドラに乗り換え、標高2800mまで来ると確かに晴れ間が覗いているが、それ以上に雲が多いのも気になる。 氷河まで上がると周りに木がなく、背景は雪か岩となり、凹凸感がなく真っ白な背景の中で滑っていることが多い。 こうなると晴れていなければ、どこで何をやっているのかわからないために撮影にならない。滑るのも、雪面の凹凸わかりづらく難しい。というわけで、数本滑って撮影は断念することにした。 4月も半ばというのに、ごく当たり前のように雪が降り始める。おかしな日本語かもしれないけど、普通に寒い。僕たちは早々に下山することにした。 その後オーストリア滞在中に天候が回復することはなく、思うような撮影をおこなうことができなかった。 が、全体を通じては想定以上の撮影ができ、ライダーたちと多くのコミュニケーションが取れたことは大きな収穫となった。 最後にそんなエピソードをいくつかお伝えしておこうと思う。

小林学に今回の旅で印象に残ったことを聞いてみた。
「シギーと一緒に同じ斜面を滑ってみて一番感じたのは、スノーボードの基礎力がずば抜けて高いことですね。ミスに繋がるようなスキというか、ムダがない。雪面とコンタクトする調整力がすごいと思いました。滑っている姿は自信に満ち溢れているというか、それはやっぱり基本がキッチリできているからなんだと思う。自分も難しく考えず、基本的なところをアップしていきたいですね」。 学は一見ちょっとチャラ男に見えるけど、実は繊細。 自分をネガティブに捕らえず、積極的に経験を積んでいけば、 もっともっと上達していくだろう。
道具の話題としては、プレートについてもいろいろと悩んだり、気になっている人も多いと思う。 今回のトリップでは、様々なプレートが試された。片山は今回FULL CARVEにプレートを装着してライディングをしてみた。 FULL CARVE特有のしなやかさは装着しない方が得られるが、硬い雪でのグリップ感は強く、トーションも強まるという。 この辺りの特徴をどうとらえるかだと思う。つまりプレートは絶対的なものではないということ。 シギー曰く、「レースでも必ず必要とは限らない。コースセッティングや、雪の状態などによって、どれくらい自分にグリップ力が必要かと考えれば、プレートが必要な時もあるし、必要でない時もあると思う」。 この言葉を参考に自分が必要なアイテムなのか、どうなのかを判断してみてはどうだろうか。 今回片山が使ったプレートは試作段階のもので、開発が進めば“SGプレート”として製品化されるかもしれない。
 シギーのケガの具合についても少し触れておこう。 シーズン初めに右足首の小さな部分の骨を骨折し、なかなか治りが悪く、ほとんどライディングできないままオリンピックにもぶっつけ本番で出場。その後は今回の撮影までライディングは控えていた。当初はあまり滑れないかも、という話で、本人も不安だったようだ。だが、滑り込んでいくうちに思った以上に状態は良く、日に日に本来のライディングに戻っていくのは傍で見ていてもわかった。 これも一人で滑るよりは、こうして仲間と滑ることで気持ちを高めることができ、時には助け合えることができたからではないかと思う。 今シーズンはこの夏にニュージーランドでシーズンインする予定で、さらに滑り込んで状態を戻し、秋からヨーロッパで本格的なレーストレーニングに入るという。シギーのコンディショニングに対する取り組みは、近くで見ていてプロフェッショナルを感じる。朝はストレッチやヨガを欠かさず、場合によってはランニングで体をほぐしている。滑った後は、自転車でひとっ走りしてクールダウンも忘れない。元々スノーボードが上手だったわけではなく、このような努力を欠かさずに積み重ねなければ結果が得られないことを、一流と言われる人たちは知っている。さらに仕事もこなし、夜はみんなとも食事を楽しむ。 時間の使い方や、オンとオフの切り替えが上手いのだ。 ヨーロッパに比べ、滑る環境が乏しい日本だからこそ、この辺りは参考にするべきところなのではないだろうか。 列車でスイスへ戻る学を駅で見送り、そこでシギーとも別れる。 今回の旅はこれでおしまい。
でも、僕たちの旅はこれからもつづく。
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